歯科材料として石膏は古くから利用されている。コスモサインの取扱商品ではないが、技工を理解するにおいて少しでも経験することは必要と感じていた。
石膏は無機化学の範疇。無機化学は元素周期律表の元素のほとんどを駆使する学問領域だけに当方の頭では無理。そんな理由で炭素,酸素,窒素 稀に燐Pや珪素Siからなる有機化学を専攻した。浅はかな考えであるとわかるには時間が必要でなかった。シュレディンガーの量子化学のゲートを潜らないと化学をやっているとは認定はされない。どの道に行っても修行が大事。
石膏は触ったことがない。知人が石油化学プラントからの脱硫工程で排出される石膏の研究をやっているらしいぐらいの知識だった。石膏の使用料は年々減少しているものの歯科材料の入門者として石膏を見てみよう的な単純な動機で時々の実験の合間に織り込んでみた。着手した当時に鶴見大学での歯科関係講演+オープンキャンパスで石膏カービングのコンテストを開催されており、精緻な作業をされているのだと認識した。
誰でも子供の頃に石膏を触った。彫刻刀で削って作品?を作った。不器用な筆者は細かいデザインでは折損するので作品も無骨をテーマにしたと屁理屈をつけたことを覚えている。
歯科カービングにおいては切削面に都度クラッック防止の接着剤を塗布すると聞いており、また、特許・文献では水溶性樹脂を泥漿中に混和し、樹脂が乾燥すればクラック防止となるとのこと。なるほど、樹脂と名前がでた瞬間これは面白いと思った。
準備として泥漿混和装置は購入したが、寸法測定用の型枠、寸法測定装置と記録装置は仲間が制作してくれた。とりあえず、石膏メーカーのカタログ値になるか実証した。結果は物性は一致したので採用。
次に水溶性樹脂を混和し注型・乾燥と処理をして品質評価を実施。その結果、圧縮強度が樹脂配合しない系に比較して低いことがわかった。圧縮強度が無機材料と比較して低い樹脂の配合なれば当然。石膏も普通石膏、高硬度石膏、超硬度石膏とあるので、できうるならば樹脂を配合しても、同等か、むしろ向上することがあれば面白い。
次に、ベースの高硬度石膏と樹脂配合の切削工程におけるチッピングの比較をした。手元にある彫刻刀(平、V形状、U形状)で削ってみたところ樹脂配合していない系については筆者が不器用なところが大きいが、チッピングが発生。切削面はザラザラ。一方樹脂配合系はチッピング発生頻度が少なく切削面は光沢を有するとの基本は理解した。
ここで石膏作業を楽しく・かつ面白くするにはどうしたら良いのか。初めにお断りをしたように、筆者は門外漢なので一種の“あったらいいね”を妄想した。
- 水溶性樹脂配合でも圧縮強度は低下しない
- 水溶性樹脂配合でチッピングを完全完封して切削面が光沢になる
- チッピングの方向性(XYZ方向) どの方向から切削してもチッピングが発生しない。モデルカップでのノコギリ作業も綺麗に切断ができること。
- JIS規格では24時間後の固形石膏製品を評価することになっているが、極めて短時間 それも30分以内で寸法が安定しないか
石膏については長い歴史があり専門メーカー及び硬化膨張率などチューニングする会社から販売されている。したがって、無茶な目標であることは承知の上で、かつそれだからこそ信頼を得ていると尊敬した上で試した。その結果を簡単に表にまとめた。 目標に対してほぼ満足した結果を得た。その後で膨張率がほぼゼロになる処方も見つけた。なお乾燥時間は22分と目標を達成した。
ご参考までに、対象となる石膏は高硬度、超高硬度のいずれでも利用できる。膨張率がチューニングされた石膏も利用できる。切削表面がピカピカの光沢は芸術作品には面白いかと思われる。
因みに、このような結果になった理由を簡単に紹介すると
石膏の結晶形態を調整したことに集約される。すなわち石膏形態は結晶体がY軸方面に積層している。この際X方向から切削や圧縮の力が加えられた場合、結晶と結晶の間には結合がないことで、容易に劈開する。圧縮強度はY軸方向には高くても、X軸方向には低い。そこで、石膏の結晶をXYZ方向に配向させたことでこれらの不具合を解消した。文献特許等の調査によると、石膏結晶配向制御に関する報告は見つかっていなかった。チッピングの不安がなく、かつXYZ方向の強度バランスに優れているので、従来にないデザインを具現化することも夢ではなさそう。
結果の一部を紹介する。
(実験内容)原料 高硬度代表グレード 、水溶性樹脂 加水24% 乾燥22分
実験結果 実験1 実験2 比較代表グレード
圧縮強度 kg/cm2 90 125 90
切削性(亀裂有無) なし なし クラックあり
切削面光沢 有り 有り なし
切削ストランド粘り あり あり なし
(系や紐状に切削) 粉末状
寸法(A硬化膨張) 0.06 0.09 0.20 (石膏の膨張)
(B乾燥収縮) 0.05 0.06 0. (水溶性樹脂による収縮)
最終硬化膨張率AーB 0.01 0.03 0.20
なお、膨張率をチューニングする添加剤配合系も実験したが、同様の傾向を確認しているので、市販の膨張率調整石膏グレードにも本実験手法は適用できると思われる。
ただし、石膏の教科書に記載してある乾燥温度条件には準拠していない。JIS規格では24時間後の物性等の評価とあるが、今回ご紹介の内容は石膏を楽しく・面白く利用することを目的としていることにご留意下さい。 陶磁器の型として利用すると繊細なデザイン陶磁器製品ができるなら面白いではないか。またCAD/CAMにおける一丁目一番地は最初の型寸法を正確にスキャニングすることが肝心であろうとしたら、この面も実用的な価値はあるのではなかろうか。
因みに原料コストの多少のアップ分はチッピングフリーによる作り直しから解放されること、乾燥時間が圧倒的に短縮されることで、トータルは合理化になりそうだと実験結果は示している。如何でしょうか。面白いので記念として特許出願した。