数年前の統計だが国内年間使用材料の数量と容積比データーが手許にある。第1位は石・セメントで15億トン、第2位鉄1.2億トン 第3位が木材・紙の0.45億トンである。因みに4位はプラスチックス0.15億トン、アルミが0.025億トン。重量ではこの順位になるが、例えばプラスチックスの容積比を1とすると鉄は0.9と体積ではプラスチックスが鉄より比率は高い。比重が違うので当然この結果となる。自動車は内外装にはプラスチックス、鉄(鋼鈑)は強度が要求されるホワイトボディに採用され軽量化と車両としての骨格を分担する機能で成立している。今、鋼鈑はより比重の低いアルミから攻勢が掛けられ、鋼鈑・アルミは炭素繊維複合プラスチックスに攻勢を掛けられている。エンジンからEVへのパワートレインが変化すると更に軽量化が要求され、鋼鈑としては強度を表す高張力鋼板は15年前までは780GPa前後だったのが、現在は1700GPaまで改良され、薄肉・少量鋼鈑で対応している。アルミ、プラ、高張力鋼板のせめぎあいは見事である。共に切磋琢磨することで自動車以外の分野にも拡張している。
上記の材料の中で一人沈んでいるのが木材・紙である。重量比、体積比ではおよそプラスチックスの3倍の需要があるものの、人口減少に伴う建築軒数の削減、雑誌・新聞は紙媒体から通信機器に取って代わりつつある。医療関係では電子カルテになり、医療費支精算までラインで繋がり、紙が存在するのは患者番号切符と領収書のみ。さらに手術室等のリアル空間記録も紙では対応できない。そんな影響を直接受けるのが製紙メーカーである。
その製紙メーカーが切り札として開発を進めているのがCNF(セルロースナノファイバー)である。紙の原料であるパルプの繊維1本の太さは10~20ナノ前後で長さは測定できないくらい長い。繊維の長さ/太さ=アスペクト比と表現したとき、プラスチックスと混合した場合、アルペクト比が大きい程、引張り強度、曲げ強度、熱変形温度を改良することができる基本原則がある。炭素繊維複合樹脂材料、ガラス繊維複合樹脂材料、タルクなど無機充填剤複合樹脂材料などはこの原理原則を利用している。
さて、このCNF。アスペクト比はこれらの複合材料に比較すると圧倒して大きい。但し繊維1本、1本を解くことができること(解繊)が前提である。セルロースはご承知のように親水基を分子内に多数あり、相互に水素結合しているので解繊が困難である。そこで化学的修飾して解す(東大磯貝教授プロセス)、または高圧水や機械剪断利用して解す(京都プロセス)など工夫されてCNFとしている。
多くは水溶液として得られる。濃度は1~2%。水溶液の形で利用しているのは化粧品やボールペンのインク滑らかさ改良である。量的に大量消費が見込まれる樹脂に配合するには100%まで濃縮・乾燥する必要があるが、過程中に親水基が再凝集することもあり、かなり厄介である。可能となれば物性は期待できる。
例えば繊維の太さが人間視野波長より細いので透明樹脂に配合しても透明性を維持し、かつ繊維の数が多く、相互に絡みもあることから、樹脂の線膨張係数が小さく、機械的強度が向上する。製紙メーカーとしては樹脂複合材として自動車・航空機の材料になることを期待して中規模プラント建設をした会社がある。原料が針葉樹パルプ以外にも竹由来のCNFもあり、また鳥取県では蟹の殻のキチン・キトサンを原料したもの、愛媛県ではミカンの皮を原料にしたものなど地域特徴をだしたCNFの開発を進めている。蟹由来は医療用にミカン由来はジュース粒の沈降防止などが利用されている。ソフトクリームが夏場でも長時間維持できることを経験した人もあろう。
ここで本命のパルプ由来について果たして目的の自動車・航空機に利用できるか? 言うまでもなく木材は炭酸ガス固定として有為の存在であり、違う目的で再利用できることは大きな意味をもつ、単なる製紙メーカー救済策ではない。17年ほど前、前職時代にナタデココから採取したナノファイバーをアクリルに配合して透明で屈曲できるウエアラブル・ディスプレーを開発した仲間がいた。その途端、ガラスメーカーは薄く屈曲できるガラスを発表した。喰われる方のメーカーは容赦をしない。この時に深追いしなかった理由は価格。この経験から製紙メーカーには現在乾燥CNFが5万円とも言われている価格帯を500円前後まで合理化できることを期待している。是非頑張ってとエールを送る。
CNF説明資料:京都大学生存圏研究所HP http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/labm/cnf