70歳就労努力義務に考える

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今年4月から、70歳までの就労機会の確保を企業の努力義務とする改正高齢者雇用安定法が施行される。理由は少子化に伴う労働人口減少を高齢者にも働いていただいて、全体の労働人口をキープしたいとの考えに基づいている。勿論女子にも働いて頂くことが前提になっている。

ここ15年の間にサラリーマンの定年が60歳から65歳になり、次は70歳。随分の拡張である。もとより年金制度の(人為的であれ、自然現象であれ)行き詰まりもあり、支給開始年齢を60歳から63歳のあいだの選択から、65歳まで支給しないことになり、70歳開始だと更に受け取る金額はお得感があると政府は囁いてのことである。囁くどころか義務に何れなるだろう。

昭和22年~26年までの第一期ベビーブーマーはとっくに定年を迎えており、その方々はタップリ退職金や年金で余裕の暮らしをしているかと思いきや、仄聞するところによれば、企業年金の土台(国民年金)が減額になり、企業年金についても70歳を越えると減額になるなど、この年齢層でも生活レベルを従来の感覚を縮小しても厳しいものになっているようだ。それでもあるだけマシと後輩は言う。だが、金銭的にカツカツの生活でなんとかする人でも、一番苦しいのは毎日することが無い!これは苦痛のなにものでもないようだ。定年になったらゴルフ三昧したい。旅行に出かけたい。。。あれこれあるが、遊んでいては尚更だが、例え図書館に居ても何の為の図書調査なんだと自問することだという。つまりはなんとなく心が満たされないのだ

日本人に埋め込まれた働くことが美徳の意識が中々抜けきらないらしい。これが欧米だと年金暮らしが理想の人生を送ることで、連れ合いとの旅行や新規の趣味に没頭することができるのだが、日本はそうはならない。そんな中、政府が努力目標で70歳定年を企業に指導することになり、本当に働きたい人にとってはありがたい制度になるであろう。だが、雇用する企業にとっては大問題。若い人に負けず劣らずの能力を発揮し、さらに豊富な経験を活かして効率的な研究開発ができる特性をシニアは持っていることを発揮できるならば企業にとっても有益である。

豊田中研所の菊池所長は海外研究機関で働いたあとで日本に戻って提案しているのは「基礎研究こそシニアがすべきである」と述べている。基礎研究は兎角ヒット率が低い。山登りに例えるなら、この道しかないと研究を着手すると崖や滝壺にぶつかり、心が折れることがある。でもシニアは、いろんなルートを経験しているので、これがダメなら、別の方法で、見方を変えると案外簡単かも、となる。筆者も研究開発の経験があるだけに納得する。

しかしながら能力のあるシニア層は雇用安定するが、それに該当しない人は企業は抱えきれない。大器晩成といっても50歳以後で大化けするのは極めて少ない。ということで企業としては、出向転職を勧奨するか、希望すれば企業内ベンチャーの創業資金を出して本体から期限付きで切り離すことなどが行われるであろう。いずれも必要とするマーケットがあっての話だ。

先日、ある人材紹介企業の話を聞いた。上場企業役員経験者、主席研究者など1万人を登録されているが、マッチングしているのはその1/10であり、役員よりは開発経験者が多いとのこと。こうなると下手に役員になるよりは、将来のことを考えて専門(それも1本足では厳しいのでスイッチヒッター、二刀流など)を貫いた方がよいのかも知れない。今の若い人が人生設計を真剣に考える時がきた。

シニアでは能力があっても体力が持たないのでは話にならない。

シニアに若い人と同じメニューの体力測定をすれば、測定中に骨折など事故を引き起こす。だが、例えば30秒ほど片足立ちをすると、骨盤回りの不整合や背筋など筋肉が弱っていると、その場に立ち止まることなく、アチコチ動いてしまう。壁や椅子に片手を置くと安定することから、面白い装置が開発されている。

横浜国大の島教授グループが起業した会社(合同会社UNTRACKED)では指先につけたセンサーに立位状態での仮想壁にタッチすることで安定に保つように働く力を観測することで、転倒せずに作業などの仕事が可能か否かの判定を定量的にすることができる。

また、老化=酸化劣化と捉えての研究・応用が進んでいる。これについては後日、ブログにアップ予定。心技体はスポーツに限らず、ビジネス、人生を愉しむには必要だ。人ごとではない自らも意識しないと。

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