赤ワイン

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前週ブログ俗説(1)でアルコール分解酵素について紹介したが、アルコールに強い人からは、それだけの蘊蓄?と次を催促する声がありましたので、化学材料屋的な蘊蓄をご紹介します。特に赤ワインを好きな人にお贈りします。ワインにはテイストが付きもの。ワイングラスをゆらせて香り成分を嗅ぎ、次に少量を舌の上にして味を分析する。その瞬間名人なら何処の農場で育成された葡萄で、熟成何年モノ・・・を見定めてゲストに愛飲を進める手順である。ここで、人間は実に化学的に大変なことをしていることに驚く

まず、(1)香り成分の分析であるが、通常の化学分析では熱分解ガスクロマトグラフを利用するが、これでは香り分析はできない。サンプルを加熱し、揮発する成分の分子量・構造を特定する装置であるが、成分が多い化合物を香りと勘違いすることがある。成分がガスクロマトクラムでは検出量が微量でも香り成分だと特定する必要がある。ここは従来の装置では無理。前職の研究所では「鼻ガスクロマトグラフ」を発明した男がいた。初めは「鼻」と嗤っていた社内も業界もやがてその効用を認めるに至った。それは熱分解ガスを装置に接続すると同時に途中で鼻でも検知する簡単な組み合わせからなっていて、チャートに記録されるピークに鼻で感ずる時にマーキングをする手法。これで装置での検知濃度は少なくても人間の鼻では強く検知していることが分かり、後は化学成分を特定する作業に入る。適用は安全性が確認されているサンプルに限定されるが、人間の鼻さえガスクロ以上の分析機能がある。犬ならその100万倍以上の能力がある

(2)赤ワインの味を人間はどうして検知しているのか? 

赤ワインを舌にのせた瞬間に葡萄外皮の多糖類を腸内細菌が加水分解して13種類の糖類を生成していることが判明している。味が異なるのは13種類の化合物の比率が違うからである。

味気ないかもしれないが、品種、農場、天候などが比率を変化させるのであるから、外皮の分析から特定糖類をブレンドすることで平準化することは可能。勿論マーケットの特徴を反映して特定糖類を強化したグレードを発売することは可能だろう。将来の蘊蓄としては「この赤ワインはL―アセリン酸が強いね。D―キシロースを増量したら更に美味しくなり、肉なら神戸牛に合うね・・・」なんて格好良くサラリと言うには紳士・淑女風格が必要であることは言うまでもない。それとも野暮?

以下、その化学的根拠についてポイントを記載する(詳細は現代化学3月号・竹中・坪井氏論文を参照願いたい。)

*赤葡萄の果実はセルロースと蛋白質で構成された硬い外皮で保護されている

*その内側に柔軟性のあるペクチン(複合多糖類)のネットワークがあり

*ペクチンにはラムノガラクツロナン(RGⅡ)のゲル状分岐糖類が弱く結合している

RGⅡには腸内細菌の一種(Bacteroides thetaiotaomicron)が反応し自己ゲノムに含まれる酵素群で単糖に分解する。

竹中・坪井氏はハイテクワインが製造できるかもと記述している。一方で脚を棒にして折角客人のために探し求めたビンテージ。簡単にブレンドで「もどき」ができてたまるか!ご馳走の意味を分かっているか!と主張するご仁にも理解はできる。でも腸内細菌が元気でいることがワインを愉しむ条件であれば、健康体で明るくワインを愉しみましょう

最後に、ワイングラスの形は胴部より上部の径が小さい曲面形状。ワイン中のアルコールは手の温度で蒸発し、上部で冷却されて元に戻る。このとき、ツツーッと液滴が落ちる列の間隔は等間隔。通常「ワインの涙」と言うが、131日付けブログで非平衡系の自己組織化・散逸構造の一例である(慶応義塾 朝倉教授)。蘊蓄の一つに加えては如何でしょうか

(図13種類の糖分子と4種類の修飾糖基)

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