学校行事だろう、孵化した幼魚を子供が一斉に放流する様子をTVなどでよく見た覚えがある。「帰ってきてね〜」の可愛い声と一緒に微笑ましい風景。漁業関係者は当然ながら放流した幼魚が成魚で戻ってくれば経済的には潤う。
そこに、なんの疑いも持っていなかったが、ある論文が発表されて驚いた。
「北海道大学とノースカロライナ大学の共同研究チームが「放流しても河川に魚は増えない、長期的には悪影響」の論文を発表した。」(研究論文は、米国科学アカデミー紀要(PNAS:Proceedings of the National Academy of Sciences)に2023年2月7日付けで掲載された。)30数枚の膨大な英語論文であり、かつ理論式を駆使しているので全文に目を通すには頭がついて行かない。ポイントは
魚の放流は既存の魚類群に影響を与える。放流された魚は増えることなく、既存生息している魚など生物群集を減らす。実際の河川における魚群集の調査と理論式が概ね一致している。実際に魚群集がどのように変化したのかは次の図を参照して下さい。
感心するのは着眼点、理論式、そして長年に亘る実地調査であろう。
この文献を見て、つい、人間社会にも言えないか?と鈍い頭によぎった。
4歳では遅いとあって英会話、ダンス、ピアノ、バイオリン、更には塾通い・・・土日は子供の将来のためとして、これらの送り迎えなど土日もゆっくりできない両親。そして然るべく学校に入り、やがて一種の孵化設備から脱して世の中に放流される。でもその放流先はよく似た人が集まって入る会社や組織という次の養殖場だったりして。そこで泳いでいるうちに淘汰される一方で全体組織の質からも影響をうけ金太郎飴的質が養生されてダイバシティは失われる。定年後に本当の放流がなされた途端に戸惑う。昔“濡れ落ち葉”の言葉があった。定年後何もすることなく奥さんに何かと付きまとう哀れな亭主をさしていた。商店街で小さなお店を持ち、たとえ経済的に恵まれていなくても明るく夫婦で支え合って暮らしている風景を羨ましく思う。
社会の流れがそうだから、我が社も主流になりそうな動きに乗り遅れないようにと飛びついたBEV一本槍はどうか。ディーゼル燃費不正がバレ、BEVという乗り合い船団的仕掛けを作り、急いで乗り始めた。だがBEVを進めたとしても自国の利益につながらないばかりか労働環境悪化につながるとわかり始めた。ウクライナ案件がトドメを刺した形でドイツが船団から離れ始めた。同調してイタリアも。BEVオンリーでは電力事情やインフラ整備が未十分なアフリカ・その他の地域に対するビジネスチャンスを放棄する形になる。彼らからみたらHEV・FCVおまけに水素エンジンとダイバシティ方針のトヨタが完全に掌握するのは具合が悪いと気がついたからでもあろう。
笑ってはいられない。日本国内を長期的に眺めるならば確実なのは人口減少である。
農業・工業・一部サービスはロボットやAIで補うことができるが、人の生活・特に移動手段については深刻であろう。現在の人口は1億2000万人だが2045年には2,000万人減少。地域別で増加するのは東京0.7%増のみ。減少率の大きい県は
秋田-41.2% 青森-36.9% 山形-32.1% 高知-31.9% 福島-31.4%
岩手-31.3% 大分-30.5% 徳島-29.3% 和歌山-29.2% 山梨-28.9%
驚くべきである。この地域の中において、さらに過疎地域において鉄道は廃止の憂き目になり、乗り物が存在しているかも疑って方針を決めることになりそうだ。少なくともBEVではなさそうだし、給油所も少ない、水素ステーションも少ない。乗合タクシーが稼働し始めているがが、ショッピングセンターも人口減により寂れるとなると生活の質=生きがいにも繋がる。複数県統合すれば却って過疎化が進行しかねない厄介な問題。
過去の事例踏襲(例えば産業都市政策)は取れない。従来の教育、会社生活の中で共通としてインプットされた(一種の情報教育の放流・育成)だけでは正解とはならない。
先日、米国の大学に留学され帰国後は旧帝大の教授になられた人と雑談した。留学された大学の研究室において後継者を選ぶときは、他大学から招聘するとのこと。いわゆる子飼いの中から指名すると、選んで頂いた教授を超えられないとのこと。そうやってダイバシティを維持しているのかと納得した。日本企業のサラリーマン社長の継承パターンとは真逆で弊害を時々見るだけに新鮮に聞こえた。