観光地のお土産として景観・寺院・動物などミニチュアを透明樹脂で固化した文鎮や置物を子供のころ見た記憶がある。その時、どのようにして作るのか不思議だなぁとしか考えなかった。長じて樹脂業界にお世話になって成形といえば熱可塑性樹脂の射出、ブロー、押出・・・とひたすら汎用の成形及び材料の開発に従事してきた。
それが、歯科分野を知る機会が訪れたとき子供の頃の不思議さが氷解した。歯科業界の人には常識・旧聞・何が不思議?と思われるとあろうが、このブログ読者の中には小生と同じ経験の人もおり、多分ヘエ~と同感するあろうから紹介する。
アクリル樹脂は光線透過率92%以上の高透明樹脂である。自動車のテールランプはアクリル性であるのは、、後続車両の運転手が前走行車両のストップの赤を視認する時間が他の透明材料より短いからであると自動車ランプメーカーの技術者から聞いたことがある。自動車ランプメーカーでは視認時間コンマ何秒を競って商品開発をしていた。セイフティ機能の付いた現在のクルマでは笑い話になっているが、鮮鋭性とシークエンス方向指示搭載のクルマにとってアクリル樹脂は貴重な材料である。フロントのランプカバーはポリカーボネート樹脂であり、これは衝突時に破壊しにくいことが採用理由である。前述のお土産封止文鎮などに利用されるアクリルの分子量は10万前後であるが、強度と耐久性が要求される歯科材料の分子量は120万~150万の超高分子量アクリル樹脂が基本となっている。非常に強度が高く、水族館のパネルにも利用されている程である。但し、これを溶融させても粘度が極めて高いので歯科の精密な型に入れては成形できない。そこで液体のアクリルモノマー(アクリルポリマーの出発原料)と混合すると、超高分子量アクリル樹脂は膨潤し、シロップ状態になって注型することができる。注型した後は加温してアクリルモノマーをラジカル重合させる仕組みである。後で重合したアクリルの分子量は低分子量なので、最終的には超高分子アクリルと低分子アクリルが組み合わされた材料となる。分子量分布をGPC(ゲルパーミヤカラム)法で測定すると見事に高分子量のピークと低分子量にピークを有するツインピークとなっている。この材料が長らく適用されてきたが、最近は中間の分子量のアクリル樹脂に強化材を複合したハイブリッドレジンなるものが出現している。こちらの分子量分布は1ピークである。
一方、1980年ごろポリエチレンメーカーが懸命に開発していた材料と成形法がある。ショッピングバッグやレジ袋に利用されている極薄フィルムである。薄肉にして強靱なフィルムは高強度の超高分子量のポリエチレンと、それだけではフィルム成形できないので、低分子量ポリエチレン半分からなる分子構造をしている。アクリル歯科材料と違ってシロップにはならないので、独自の技術開発をした。最終的には超高分子量による強靱性を確保しつつ成形が可能という点では類似している。分子量分布を測定するとツインピークとなっている。ポリエチレンの開発者と歯科材料の開発者が相互交流をしていれば、早期に新規材料開発ができたのではないかとも、今だから言える。