合成紙

衆議院選挙である。公示日から街では選挙ポスターを目にすることになる。常在戦場とはいえ、今回の選挙ばかりはポスターの刷り直しなど悲喜こもごもと想像できる。選挙ポスターは色鮮やかで、文字や写真写りがよく、なにより風雨に強く破れない紙を必要としている。昭和の中期まではパルプからなる紙であったが、昭和45年前後から「合成紙」の開発が進み、やがてポリプロピレン材料をベースとする合成紙が選挙ポスターに採用された。ポリプロピレンは水濡れや油汚れにも強い樹脂であるが、ポスターにとって肝心の印刷インクを弾いてしまう特徴がある。樹脂が水やアルコール、溶剤と親和性がどの程度あるのかの指標として溶解性パラメーターなるものがある。(分子の凝集エネルギーを基に算出される)。溶解性パレメーターの低いフッ素樹脂はフライパン表面コートなどに利用され、逆に高いものとして衛生商品に採用されている吸水性樹脂がある。ポリプロピレンやポリエチレンはフッ素樹脂に近いところに相溶性パラメーターがある。インクは水性インクでも油性インクでも相溶性パラメーターは高くポリプロピレンのそれと相当離れているので濡れが悪いこととなる。インクの相溶性パラメーターと近い樹脂としてポリスチレンを利用するか、ポリプロピレンのインク濡れを改良するか2つの方法が検討された。簡単に種明かしをすればポリプロピレン樹脂に粒径の細かい無機フィラーを配合してフィルムを成形し、ついでフィルムを延伸すると無機フィラーとポリプロピレンの境界にミクロボイドが生成する。このボイドにインクをトラップさせることで印刷が可能となった。合成紙は少なくとも表皮層/コア層/表皮層の3層からなっており、コア層は縦方向に延伸され、表皮層は縦・横に延伸されている。延伸することでボイドの生成の他に強度を上げる効果がでる。投票用紙も合成紙であるが鉛筆で書けるのも、このボイドを利用している。開票速度がアップしたのも合成紙が一役買っている。ポリプロピレンを延伸することで折り曲げに対して抵抗性が強くなるので、投票箱の中で半開き状態なるからである。

シャンプーボトルなどの水濡れ商品表示など多く利用されている。歯科技工では石膏練りシートにも採用されている。水濡れて練り作業でも皺にならない強度が利用されている。

フィルムを延伸するのではなく、紙ライクを成形する手法がもう一つある。高密度ポリエチレン樹脂を溶融し極細ノズルから吐き出した不織布を軽くプレスすることで紙ライクとなる。高密度ポリエチレンは樹脂の中では放射線遮蔽が高いことから、福島原発事故の防護服として頻繁に目にすることになった。ポリプロピレン合成紙、高密度ポリエチレン不織布は紙粉が出ないなどパルプ由来の紙と異なる特徴で医療分野に利用されて行くことが予想される。

NC加工機と熟練工ハイブリッドから見える風景

ある日、何気にTVを観た。日本製品製造工程の一部だけをパネラーに開示して「さて、何を作っているのでしょうか?」のMCのナレーション。一発正解では番組が成立しないこともあって本当に分からない~番組盛り上げの珍回答もありのバラエティの中で進行。最後に木管楽器を製造しており欧州では製造会社名〇〇〇〇がリコーダーの代名詞になるほど愛用されているとのことが開示される。知らなかった。社員10人未満の大阪中小企業である。角材を3年養生して反りが収まったモノをNC旋盤でリコーダーの形状に切削する風景から製造工程が理解できる仕組みとなっている。なるほどと感心したのはNC旋盤の操作をしているのは中年女性が荒削りした後、熟練シニアの人が丁寧に磨きを担当。表面粗度Raを計測するまでもなく熟練者の手がセンサー兼研削装置と化していることが分かる。

この場面を観て思わず歯科技工の複雑多岐に亘る工程のかなりのゾーンを機械化することで合理化され、微妙な差を感じ修正仕上ができる熟練技工士が分担することが好ましいのではないかと。CAD/CAM、3Dプリンターがこの場合のNC旋盤に相当する。

ところで、木材の伐採から3年養生は楽器によってはそれ以上の年数をかけることがある。木は動くことができない。太陽光は一定の方向から照射され反対側とは年輪幅からわかるようにセルロース細胞密度が違うので切断すると歪みを解放すべく反るのが自然の摂理。これをコントロールしながら木材、竹製品を丁寧に加工しているのが日本ならではである。話は飛んで、京料理が美味しいのは昆布出汁にある。江戸時代以来、北前回船で北海道から昆布を京都に近い福井県の敦賀で荷揚げして、そこで3年熟成させている。ご存知の旨味成分のアミノ酸が3倍以上に増加するのである。木材・昆布・・・と来たら人材養成もそれなりに年数は必要だなぁと。経営者・上司の優れた部下育成センサー性能が試されるのは言うまでも無い。

3Dプリンターの魅力 

いまや3Dプリンターの魅力を語るには遅すぎる程に認知されてきている。

金型が不要、複雑・精緻なデザイン形状対応できる、なにより製品中に中空部を設けられるなど従来の成形法では出来ないことが可能となったことに驚く。対象が金属、セラミック、樹脂と広範囲であるのも特徴である。原料は粉末、フィラメント、液体、インクとこれまた各形態がある。

フィギュア製作でよく用いられている押出フィラメントの先端を加熱溶融させて積層していく方法(熱溶解積層法)では、前の層が固化しないうちに次の層を積層しないと融合しない。前の層がまだ溶融状態では積層しても崩れるか変形する。さりとて形が固定してからでは融合しない。溶けている状態から固体になる間の専門用語で固体粘弾性におけるゴム量域(決してゴムではありませんが)が広い材料が適している。ABS樹脂、ポリアミド12などがこの分野で先行材料として利用されてきた理由である。

自動車などで多く利用されている結晶性樹脂であるポリプロピレンは金型の中に溶融樹脂を射出して、速く固化して金型から取り出すことができるよう結晶核剤や無機フィラーを配合することが行われてきたが、フィラメント積層法では真逆の材料設計をする必要がある。すなわち本質的に結晶性樹脂であるポリプロピレンをなるべく積層中には結晶ができないように結晶化抑制技術開発をする必要がある。材料設計者の腕の見せ所である

歯科分野で利用される3Dプリンターは光が照射されると分子が安定なエネルギー基準から励起されて、また元のエネルギー基準に戻る際にエネルギーの一部がモノマーに作用して重合(高分子量化)するメカニズムを利用した液槽光重合法である。

歯科維持装置は複雑でかつ薄肉製品である。実際に適用されていることはコスモサイン合同会社のWEBで紹介されているが、ある用途にレンガサイズの超厚肉製品を作成する必要があり、コスモサインの提携会社に依頼したところ、ボイドがなく、反りがない試作品を手交されて正直驚いた。従来の射出成形法や押出成形法では絶対に無理である。金型の表面から固化が始まり内部のこれから固化しようとする樹脂は、表面に引っ張られ、その結果、内部が空洞になりやすい。精々肉厚が20mmまでが限界である。これを3Dプリンターはいとも簡単にクリヤーしてしまった。射出成形の場合は溶融樹脂の塊を金型に流し込むのに対して、光重合3Dプリンターはミクロン単位での積層毎に光を照射して重合させるのでボイドができない。原理を知って納得した。今後、3Dプリンターがもっている機能を益々ブラッシュアップすることで精緻な品質を要求される歯科用途に大きく貢献するものと期待される。

今回は3Dプリンターのさわりだけ書いた。しかしながら有する機能・ポテンシャルは遙かに多い。今後も気がついた時に3Dプリンターを書くことになろう。

 (補注;ABS アクリロニトリルブタジエンスチレンの三元系共重合体、寸法精度、衝撃、メッキ性に優れ、特に多くの家電製品に適用されている。耐熱性は100℃前後

  ポリアミド12(通称ナイロン12 ナイロンのガソリンバリヤー性とポリエチレン並の低温衝撃強度を有する。融点176℃。多層ガソリン給油パイプのバリヤー層などに利用されている)